弥勒寺遺跡群へようこそ!<現地解説>
- ID:21284
ページ内目次
※このページは「弥勒寺遺跡群」現地解説ページです。関市池尻「弥勒寺史跡公園」にある看板の二次元コードからアクセスしている方に向けて解説しています。

約1300年前のイメージ図
◆紹介動画◆(別ウインドウで開く) (約1分)
弥勒寺遺跡群の中の弥勒寺官衙遺跡・弥勒寺跡を紹介する短編動画です。
「弥勒寺遺跡群」の全体像

弥勒寺遺跡群は、東と南を長良川に、北を池尻山に面して、東西800メートルほどの範囲にまとまっています。
弥勒寺遺跡群には、弥勒寺官衙遺跡<現在地>、弥勒寺跡、弥勒寺西遺跡、池尻大塚古墳の4つの遺跡があり、それぞれ別の役割を持っています。
- 弥勒寺官衙遺跡(みろくじかんがいせき)=古代の郡役所の遺跡
- 弥勒寺跡(みろくじあと)=飛鳥時代につくられた寺院の遺跡
- 弥勒寺西遺跡(みろくじにしいせき)=古代の祭祀(さいし)の遺跡
- 池尻大塚古墳(いけじりおおつかこふん)=古墳時代後期の古墳
▼遺跡群年表▼
各遺跡の役割と位置関係

今いる場所は、全体案内看板前です。まわりを見渡しながら、遺跡の役割と立地を説明します。
正面や右後ろの広場に、丸太柱が立っているのが見えるでしょうか。そこが、弥勒寺官衙遺跡(弥勒寺東遺跡)です。奈良時代に、武義郡の役所がありました。正面が正倉院、右後ろの広場が郡庁院です。正倉院は税として集めた米を収める倉庫群、郡庁院は政治が行われた中心施設でした。丸太柱は、建物の柱があった位置をあらわしています。
左前方の木々の奥には、弥勒寺跡があります。飛鳥時代に寺院が建てられた場所です。左の通路を抜けて寺跡に入ると、右に塔の基壇(土台)、左に金堂の基壇があります。基壇の上では、当時の巨大な礎石を見ることができます。
弥勒寺跡を通り抜けて西に向かうと、山を下りた先に関市円空館があります。その地下で、弥勒寺西遺跡が発見されました。平安時代に水の祭祀が営まれた場所です。今も水が豊かな場所で、通常は残りにくい木製品が多く出土しました。役所に関わる木簡や、「大寺」などの墨書土器もあり、弥勒寺官衙遺跡や弥勒寺跡とも関係のある遺跡です。
池尻山の支尾根の一番西に、池尻大塚古墳があります。盛土はありませんが、横穴式石室の巨大な石材を見ることができます。古墳時代の終わりに造られた古墳で、一辺22〜24メートルの方墳だったことが分かっています。
解説「弥勒寺遺跡群」

弥勒寺遺跡群は、古墳時代後期から奈良・平安時代にかけての4つの遺跡をまとめた呼び名です。
弥勒寺遺跡群がある関市池尻は、今から約1300年前の奈良時代から平安時代にかけて、美濃国武義郡の政治の中心地でした。奈良時代は、日本で「政治」が始まった時代です。中央の天皇のもと、各地に国・郡が置かれました。美濃国は現在の岐阜県美濃地方、武義郡は現在の関市、美濃市、郡上市(9世紀半ばに郡上郡ができるまで)のあたりです。
弥勒寺遺跡群は、地方政治の中枢である役所と、政治と関わりの深かった仏教寺院、日本古来の儀式を営む場所が、東西に並んで発見されています。さらに、武義郡の成立に関わった「ムゲツ」一族の先祖の墓もあり、この時代の地方の遺跡がまとまって残る貴重な遺跡群です。
さらにくわしく知りたい方へ
- 国指定史跡弥勒寺官衙遺跡群/弥勒寺史跡公園(別ウインドウで開く)
弥勒寺遺跡群パンフレットや歴史解説、発掘調査の報告書などがご覧いただけます。 - 関市円空館(別ウインドウで開く)
弥勒寺遺跡群の出土品を展示しています。弥勒寺西遺跡にあります。 - 文化財保護センターイベント情報(別ウインドウで開く)
弥勒寺遺跡群や古墳を解説つきでめぐるイベントをはじめ、関市の文化財や歴史に関する講演会、講座、展示などを開催しています。

弥勒寺遺跡群イメージキャラクター「ひろまろくん」
古代武義郡で働く役人をイメージしたキャラクターです。
弥勒寺西遺跡で出土した土器に墨で書かれた「廣万呂」にちなんで名付けられました。
お問い合わせ
関市協働推進部 文化課
文化財保護センター
〒501-2695 岐阜県関市
武芸川町八幡1446番地1
(武芸川事務所2階)
電話:0575-45-0500
ファクス:0575-46-1221
ソーシャルサイトへのリンクは別ウィンドウで開きます


